みなさんはトルコ料理についてどこまでご存知ですか?
近年では「ケバブ」や「トルコヨーグルト」などが注目を集めていますよね。
このトルコという国、実は日本にとっても馴染み深い国だって知っていましたか?
今回はトルコという国の歴史や世界三大料理にもなっているトルコ料理についてまとめました!
トルコの歴史
トルコは北は黒海、南は地中海に面し、西でブルガリア、ギリシャと、東でグルジア、アルメニア、アゼルバイジャン、イラン、イラク、シリアと接しています。
トルコの国土の大半を占めるアジア側のアナトリア半島とトルコ最大の都市であるヨーロッパ側のイスタンブルは、古代からヒッタイト・フリュギア・リディア・東ローマ帝国などさまざまな民族・文明が栄えた地です。15世紀のオスマン朝時代では、ビザンツ帝国を滅ぼしてイスタンブルを都とし、東はアゼルバイジャンから西はモロッコまで、北はウクライナから南はイエメンまで支配する大帝国を打ち立てました。
19世紀になり衰退し始めたオスマン帝国は第一次世界大戦の敗北で完全に解体された。これらに対してトルコ人たちはトルコ独立戦争を起こし、1920年4月アンカラに抵抗政権を樹立したムスタファ・ケマル(アタテュルク)の下に結集して戦い、1922年9月、現在のトルコ共和国の領土を勝ち取り現在に至ります。
トルコと日本の関係
トルコは親日国として知られています。
1890年(明治23年)に軍艦エルトゥールルが和歌山県串本町沖にある、紀伊大島の樫野埼東方海上で遭難し500名以上の犠牲者を出しました。明治天皇は直ちに医師と看護婦を派遣、救援に全力をあげ、多くの義捐金・弔慰金がトルコに送られました。この事件はトルコ国内で大きく報道され、日本人に対する友好的感情もこの時より醸成されたことが親日の始まりと言われています。
トルコ国内でいうと、第一次世界大戦後には日本の明治維新を手本にした近代化政策も進められました。第二次世界大戦でも日本に宣戦布告をしましたが、軍事行動は一切行わなかったとされています。戦後もトルコは日本に対して賠償金その他の請求を一切行わず、経済大国へと発展した日本によるトルコへの政府開発援助での支援が積極的に行われており、特にイスタンブル市内のインフラの整備などに日本の多額の資金と技術が投入されているなど両国の親密さを裏付けています。
世界三大料理のひとつ、トルコ料理について
トルコ料理は、中国料理・フランス料理とともに「世界三大料理」のひとつに数えられるほど有名な料理です。オスマン帝国最盛期に、この国が支配した様々な土地の文化を取り入れ、オスマントルコの宮廷料理として発展しました。
最近、移動販売でよく見かけるくじ肉を固まりにし、回転させながら焼いたものを削ぎ切りにした「ドネルケバブ」は代表的なトルコ料理のひとつです。
トルコ料理でよく使われる素材はなす・たまねぎ・トマト・豆類などの野菜の他、ぶどう・あんずなどの果実類、ピスタチオ、胡桃などの種実類などです。肉類は、イスラム教の国であることから豚肉が使用されない事はもちろん、肉牛の飼育に適さないため牛肉も使用されず、羊や鶏の肉がよく使われます。
調味料として「ヨーグルト」をよく使用するのが特徴的で、家庭でもマカロニ、パン、ピラフ、野菜の素揚げ、肉料理など、どの料理にも使用されます。トルコのヨーグルトは一般的に甘くなく、ドリンクとしていただくときも少し塩を入れていただきます。トルコの人は、日本の甘いヨーグルトを食べるとびっくりするそうですよ。
料理でまず注目したいのが「メゼ」といわれる前菜類。なかでもピラフにひき肉や香菜を合わせ、野菜に詰めたり、ふどうやキャベツの葉でまいた「ドルマ」や多彩なペースト類は、ぜひトルコの主食「エキメック パン」とともにいただいてみたい!メインの料理はやはり「ケバブ」。本来は遊牧民が塩もつけずに焼き、野外で食べていた料理だったそうです。そのなかにも、「キョフテ」というハンバーグやひき肉のピザなど日本人の口に合うものが多いと言われています。
おわりに
いかがでしたか?
トルコは地理的に距離が遠いのであまり行ったことがない方が大半ではないかと思います。ですが日本にとっても友好的で馴染みのある国なんですね。
肝心のトルコ料理も美味しくて日本人の口に合うものばかりです。また美容の国としても最近は注目されていて、実は女性に密かに人気のある旅行先でもあります。
トルコまで行けないよ!という方もまずは近場でトルコ料理のお店を探してみて、是非一度その味を体験してみてはいかがでしょうか?