その1:紀元前3世紀のウェディングケーキ
結婚式には欠かせないウェディングケーキ。ウェディングケーキの起源については諸説ありますが、最も古い説は古代ローマ時代までさかのぼります。紀元前3世紀頃の共和制ローマで活躍した、政治家である大カトーの著作「農業論」の中で紹介される「アニスのケーキ」です。
カトーは「人間の最高の美徳は忍耐なり」をはじめとする数々の名言を後世に残しました。このことからもわかるように、彼は質素倹約を信条としていました。当時、役人などの上流階級の人々の間では、宴席などで非常に高価な外国産のスパイスを使用したぜいたくなケーキが多く用いられていたのです。そこでカトーは、外国産のスパイスの代わりに、国内で採れるアニスを使ったケーキを推奨したのです。
アニスはギリシャ、エジプトなどの地中海沿岸を原産地とするセリ科の1年草で、アネトール成分を多く含み、消化促進の薬効があります。甘くさわやかな香りのこのケーキは味もよく、沢山のごちそうが饗される宴会の後に食べることで消化を助ける効果もあるため、宴会のデザートとして定番になりました。やがてこのアニスのケーキが、結婚式でも用いられるようになっていった…という説があります。
その2:イギリスのウェディングケーキ
最もオーソドックスなウェディングケーキと聞いて私たちのイメージするのは、「花嫁と花婿で入刀する、白い3段重ねのケーキ」ではないでしょうか。古典的とされるこの「ウェディングケーキ」のモデルが完成したのは、実はごく最近のことなのです。
結婚式に使用するケーキが「花嫁のケーキ」としてレシピ本に登場するのは、18世紀後半のこと。このケーキは砂糖漬けのフルーツやナッツをパウンド生地に入れて焼いた、いわゆるフルーツケーキでした。19世紀半ばの1840年、イギリスのヴィクトリア女王の結婚式の際も、直径90cm、重さは136kgもある巨大なフルーツケーキが用いられました。ケーキ表面は砂糖と卵白を練り合わせたアイシングで華麗に装飾されてはいたものの、当時の国民には「フルーツケーキのオバケ」とよばれ評判がよろしくなかったそうです。しかしこの結婚式以降、ドレスとケーキはともに「大きくて白くなった」そうです。時を同じくして砂糖の値段も下がったため、大量の砂糖を使用する「ロイヤルアイシング」を王族以外の結婚式でも模倣するようになったといいます。ロイヤルウェディングへの憧れは、現在と変わりませんね!
そしてヴィクトリア女王の結婚式から18年後、いよいよ登場するのが、「塔のように高いウェディングケーキ」です。1858年、ヴィクトリア女王の長女であるビクトリア王女が、プロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム王子との結婚に際し「ロンドンのセント・ブライド教会にそびえる鐘楼をモデルにした円柱型のウエディングケーキ」を委託しました。下の写真はそのレプリカです。
出典:brides.com
高さ約2.1mにもなるこの巨大かつエレガントなケーキは、一流の菓子職人が4人がかりで、7日間の日数をかけて製作されたといわれています。3段構造になっていて、うち上の2段はすべて砂糖細工によって作られ、食べられるのは一番下の段だけでした。その後、一般市民も、こぞってこのタワー構造を真似したため、このスタイルは瞬く間に広まっていきました。
ケーキ入刀はいつから?
結婚披露宴で新郎新婦が手をそろえて行う「夫婦で最初の共同作業」といえば、ケーキ入刀の儀式ですね。ウェディングケーキにはこの「ケーキカット」がつきものですが、こちらの起源もやはり古代ローマの「花嫁の頭の上でパンを割る風習」ではないかと言われています。
大麦でとハチミツでつくられたパンを花嫁の頭上で割り、新郎新婦は割れた一片のパンを一緒にかじることで、ともに生活することを誓います。その後参列者がふたりの幸運を願って、パンのかけらを集めて持ち帰りました。この風習は、新郎新婦はもちろん、将来の子供たちに幸運をもたらすと信じられていました。
時代は下って、中世のイギリスでは結婚式の際に、花嫁がケーキを頭の上に投げ上げ、次いで新郎は頭の上にプレートを投げ上げ、それが壊れた場合、夫婦に幸運がもたらされる、という風習がありました。この儀式だけでなく、結婚式のケーキを参列者で分かち合うことは、古代ローマから続く伝統の一部です。歴史的にみると、西暦43年よりローマ帝国のイギリス侵略が始まりました。その習慣や伝統の多くは形を変えつつ、イギリスの風習の一部となっていったのですね。
ところで、このケーキカットを夫婦二人で行うようになったのはごく最近のことなのをご存知でしたか?19世紀の資料では多くが、結婚式に参列したゲストのためにケーキを切り分けるのは「新婦だけの仕事」であると書かれています。1930年代になってようやく、ケーキカットの儀式は文献に登場します。
一説によると、3段重ねの豪華なケーキは必ず、砂糖でできた硬いアイシングで覆われているため、とても新婦一人の手には負えず新郎の手が必要になったといいます。また、結婚披露宴も身内だけでささやかに行っていたのが、専用会場やホテル、レストランなどで行うようになったことで、ゲストの数も増え、それにしたがってケーキのサイズも大きくなっていき、とても新婦一人では切れなくなっていったのでしょう!
まとめ
ウェディングケーキの由来も諸説あり定かではありません。ウェディングケーキにもウェディングドレスと同様にトレンドがあり、その形式も時代と共に様変わりしています。日本でも豪華なホテル挙式が人気だった時代には、ケーキ入刀に使われるのは、実際は食べられないレプリカケーキが主流で、「高ければ高いほど豪華な結婚式」という認識がありました。最近の式では、実際に切り分けてゲストで食べきれる「現実的なサイズ」のウェディングケーキを用いるのが主流になっています。
古代から形を変えて行われてきた結婚の宴。「結婚する二人を祝福し、喜びを分かち合う場」である、ということだけが不変の事実なのかもしれませんね。
参考文献:ケーキの歴史物語(ニコラ・ハンブル著/原書房)、お菓子の歴史(マグロンヌ・トゥーサン=サマ著/河出書房出版社)、